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2011年5月22日日曜日

夫婦の日

 

韓国では、5/21は夫婦の日だそうです。『ふたりで一つ』という意味から21日になったようです。~ハート

 

旦那さんの転勤で4月に引越しをしました。家 今、近くの教会を探していますが2度、韓国の教会へ行ってみました。日本語と英語の同時通訳があるのでメッセージも理解でき、礼拝に参加することが出来ました。22日日曜日の礼拝のメッセージは、「夫婦が歩むべき道」と題して、創世記17:1-8より、3つのことについてお話がありました。

 

①家庭の主人は主(神さま)・・小さなことも神様に祈り聞く                      ②一つの手は主を、もう一つの手は配偶者を握る・・神様とともに歩む       ③夫婦の責任・・・正しく生きること、互いを立てること、愛すること

クローバー

自分の人生において、神を主とするということは、時に難しく時に容易です。意識的にも、また無意識的にも自分が主になっていることが多いです。今日のメッセージから改めて、夫婦の、また人生の歩みについて、学ばせてもらいまいた。ある本の中に、『親子は限りなく分離を、夫婦は限りなく統合を目指しましょう。』とありました。きっと難しいことなのかな~。創世記2:18『神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」』のみことばを胸に、助け手として造られた存在であることを忘れないでいたいな~ニコニコ

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教会で結婚されている方にということで、お花を頂きました。嬉しいハート    牧師さんは奥様に大きなバラの花束を渡されていました。素敵!!   ハートの目1

 

 

 

 

『 もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。 伝道者の書 4:12 』◆

 

 

 

 

 

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2010年10月6日水曜日

試練を通して


9月も体調が悪くなっちゃった。。。。down



人は試練を通して何を学ぶのだろう~。みんなどんな経験をしているのかな~?試練が襲いかかった時、逃げ出したくなったり、自暴自棄になってしまったりするよね。どうしてこんな事が起こるのだろう。。。なぜ私だけがこんな目に遭うのだろうと絶望的になり、すべてが嫌になる。その時は希望が見えず、光はあるのだろうかと。。。



人生の試練や困難を乗り越えたときに、なぜこのことが起きたのか、分かることがある。この事柄も私にとって、必要なプロセスなのだということを。神様は私が何も問題がなく幸せで、快適な生活をさせる事を、願っているわけではない。



ロブ・フラハティ 牧師はメッセージの中で、「神様のご計画は、私達の人生の中に働いてくださって、人々が私達の中にイエス様をみることが出来るようになって欲しいと考えておられる。」という内容を話しておられました。とても納得できる、言葉でした。もし私に困難や苦しみがなければ、私は人の弱さを理解することができない。そして神様の深い愛に気付くことが出来ない。。。また、「祈っても祈りが聞かれないと思う時は、とても重要である。」と、この時に神への信頼を学んでゆくことが出来るそうです。神様は何度もこのような状況を私達に与えられるようです。


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とはいえ、試練の中を歩む時は本当に苦しいものです。今、苦難の中にある方がいましたら、どうぞ神様の助けと支えがありますように。。。




「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。 コリント人への手紙 第Ⅰ 10:13」





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2010年9月7日火曜日

神のみこころ


長い間、お休みしていました。。。。。。8月は体調不良の1ヶ月だったdown



何かを決断するときに、みんなどうやって決めるのかな?私は昔、今もかな。。。人の意見はほぼ聞かず、自分で考え答えを出し、決まってから誰かに話していました。クリスチャンになって、“神様のみこころ”という言葉に出会いました。物事を決めるときに、『神様に聞き、神様に従う』ということです。「従う」という言葉を聞くと、え~いやだ!!と思ってしまいます。しかし、、、神様のみこころこそ、私達にとって最善の道だというのです。山登りに行き、山を熟知しているガイドさんの言うことを聞くような事に似ているのでしょうか。。神様は私のすべてを、ご存知で、私の最善を知っている。しかし、神のみこころと言っても、どの道が、神様のみこころだと、わかることが出来るのでしょうか?


キラキラ


ある本では、(信仰生活ハンドブック いのちのことば社)神様のみこころを知る為には3つある。と書いていました。みこころが示されるように、祈る中で、


1 神のみことば・・・聖書から示される


2 聖霊・・・・・・・・・こころの中に平安が与えられる


3 環境・・・・・・・・・状況が整い道が開かれていく


この3つをもって、みこころを示してくださることがあり、またある時には3つの中の1つの方法においてみこころを示される時もあり、一様ではないそうです。みこころを知ることは難しいですね。。。


私は神様に道を委ねることが出来る時もあれば、出来ない時もあります。神様が示す道が自分にとって選びたくないものであったり、自分がこうしたいという思いが強いからです。すべてを委ねることが出来たらもっと、自由で、希望と平安の中を歩んで行くことができるのかな~



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『わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。 ヨハネ 14:27前半 』◆

2010年6月29日火曜日

配偶者 2


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本によると、世界の人口52億としてその半分が異性、その26億のうち20代、30代で結婚するとすれば、人生80年のうち20年間の間、つまり4分の1が相手になる可能性の人数と考えられます。そうすると何と6億5千万人の中の1人がそれぞれの配偶者であるという計算になるそうです。


それぞれに自分で配偶者を選んでいるように思いますが、その背後には深い神様の選びがあることを思います。と著者は言っていました。


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私の夫も神様が選び私に与えてくださったのですね。。。



どのような境遇にあっても、神を信じ、夫を愛した彼女の姿を通して神様もこのような愛で私を愛して下さっているのだな~と感じることが出来ます。彼女はきっと失望し、大きな悲しみの内におられたのでは。。なかったのでしょうか。どうしたら、その中で静まり、黙し、祈りつづけ、神様を信じて委ねていくことが出来るのでしょうか。。。。。


ある牧師は『人生の戦いの中で大きな悲しみや苦しみを経験させられる時がある。人生における素晴しい出来事の一つは、その悲しみや苦しみ中でそれよりももっと大きな慰め、励ましをもって臨んで下さる神様にお会いすることではないだろうか。』と言っていました。


神の愛はそんな人生の苦難、試練と思われることをも越えて、すべてを包むことができるのだな~。。。。。出来ればこのような苦しみなく、幸せでいたいと思います。しかし誰にでも人生の中でつらい出来事は必ず起こります。その中でもしも神に出会えるならば、本当に本当の幸せなのかもしれません。。。。。





『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。 ローマ人への手紙 8.28』キラキラ

配偶者 1


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あるクリスチャン女性が、最近とみに不機嫌になった夫に何かを感じました。実は若い女性とつきあい始めて1年近くもなっていた夫が、最近その女性から妻との離婚、そして自分との結婚を強要されていたのでした。未信の夫でした。


クリスチャンになっていた妻は、神の前に深く静まり、黙して祈り続けました。いつも「私はどんな状況の中にあっても彼をくださった神様を信じます。神様のくださった夫を愛します。夫と私は一体なのです。」と絶えない笑顔で夫に相対しました。神様は妻に、いよいよ「自分がどれほど夫を愛しているか」を教えてくださいました。


ある日、夫は自分の口からすべてを打ち明け、ともに解決のために手を貸してほしいと頼みました。妻は全財産を投げうっても相手の女性に償おうと一緒に深く詫びました。こうして受け入れられ、あたたかい、より強い夫婦の絆が育ちました。今は、模範的なクリスチャンホームになっています。神が会わせてくださった6億5千万分の1の相手、神の前には一体とされたお互いであり、その間に何一つ入るすき間はないのです。


~~~~~~~~~~~ 著書 『信仰生活ハンドブック』 より ~~


1994年発行



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